2003年1月
新春対談 月刊 自由民主 2003.1
(自由民主党の機関誌、月間「自由民主」平成15年1月号に麻生太郎氏と小渕優子との新春対談が掲載されました。ここに再掲載いたします。)
本誌の新春一月号を飾る対談は、麻生太郎・党政務調査会長と小渕優子衆院議員が登場。「大切にしたい『日本固有』の文化」をテーマに、情報化やグローバル化が急速に進む日本の社会が抱える教育、少子高齢化など、幅広い問題について語ってもらった。
混迷を超えて新たな挑戦
躍動の年二〇〇三年。本誌特集は新春対談、歴史的講演、日本国憲法像を掲載し、新たな誓いと希望の下に、夢の持てる未来、あるべき国家像を模索しながら、わが国の将来に「明るい明日」をひらく。
新春対談 大切にしたい「日本固有」の文化と伝統
[出席者]
党政務調査会長 衆議院議員 麻生太郎
衆議院議員 小渕優子
吉田茂元総理を祖父に持つ麻生太郎政調会長と小渕恵三元総理の次女・小渕優子衆議院議員に「新春対談」をお願いした。お二人の年齢は親子ほどの開きがあるが、お互いの祖父、父親、そしてイギリス留学時代の思い出にはじまり、子どもの躾、日本固有の文化の大切さ、教育、外交、少子高齢化、農業問題へと話は弾む。「政治家は国民に夢を持って貰えるようにしないと、経済も活力が生まれない」と二人の意見は一致、さらにお酒や「元気なお年寄り」の話など“麻生節” が冴えれば、小渕議員の軽妙な応対と明るい笑い声が、ますます話を盛り上げる...。
ナショナル・ドレスが自分で着られない
[麻生太郎]
おう、まぶしい。小渕さんの着物姿は初めて拝見しますね。初め、対談相手は女優さんだと聞いていたんだけど、いつの間にかに…。
[小渕優子]
申し訳ありませんね、美しい女優さんじゃなくて(笑い)。
[麻生]
いや、いや、とても綺麗ですよ。『月刊自由民主』で新年特集を組みますからとか、うまいこと編集部にのせられてその気になっていたら、すごい美しい人に決まったって。誰かって聞いたら、「小渕優子先生です」って言うんだ。一瞬、絶句したね(笑い)。
[小渕]
新年なのでせっかく着馴れない着物を着てきたのに。あまり、いじめないでください(笑い)。
[麻生]
ぼくだって、小渕先生に合わせて、ちょっとと装ってきたんだ。それにしても、日本の女性は着物がよく似合う。あなたのゴルフ姿も素敵だけど、やはり着物はいいねえ。
[小渕]
背が高すぎるっていわれます。私みたいに大きい女性は和服は似合わないんじゃないですか。
[麻生]
そんなことない、ない。よく似合う。小柄な日本サイズの青い目の女性が和服を着ても、多少着たことがあるといったって、何となく違和感を覚えるんです。よっぽど着なれていないかぎり。だけど、口本の女性は、初めて着る若い人でも何となくさまになる。不思議なもんだね。
[小渕]
恥ずかしいんですが、きょうは和装してきましたが、私、自分で着物を着られないんです。普段、なかなか着る機会がないもので…。
[麻生]
イギリスに留学していたんでしょう。パーティーなどで着る機会はあったんじゃない?
[小渕]
父があんなことになってしまったので、途中で帰国してしまいましたが、外国にいて自分でナショナル・ドレスを着られないというのは、結構こたえますね。韓国のチマチョゴリ、「あのほうが着やすいだろうな」と思ったりしますが、みんながナショナル・ドレス姿で誇らしげに自分の国の自慢をしているのに、私だけが着物で参加できないということに、ちょっとはずかしさを覚えることもありました。外国人の多くは日本人なら自分で着物が着られ、お茶や生け花ができるのは当たり前だと思っているところがありますから。
日本固有の文化・伝統を大切にしたい
[麻生]
確かにそう。でも、そのくらいは出来たほうがいいと思うよ。日本人が長い歴史の中で見いだした「わび」「さび」「もののあわれ」といったような独自の感性が、茶の湯や生け花、能、歌舞伎などの芸術を生む下地になっている。やはり日本固有の伝統文化は大切にせにゃいかんと思うねえ。
[小渕]
先生は学生時代にアメリカ、イギリスに留学していたそうですが、外国の人は、日本人なら誰でも能や歌舞伎のことなど話せると思っているようなところがありますね。私なんて、まともに答えられなくて恥ずかしくなってしまう。
[麻生]
今の日本人、とくに若い人は伝統文化と言ったって興味を示す人は少ないんじゃない?小渕さんも若いけど。
[小渕]
この前、塩川正十郎先生(財務大臣)に、「君、東京オリンピックの時には何していたんだね」と聞かれたので、「まだ生まれていませんでした」と答えたら、「そうか、そうか」で終わってしまいました(笑い)。
[麻生]
塩川大臣はいろいろ書物なども出している相当な文化人ですよ。日本人なら、日本固有の文化や伝統を大事にし、それを子孫に伝えたいと思うのが当然のような気がするんだけど..。
自国の文化をないがしろにして国際人だなどとは言えません。どこの国の人も、それぞれ自分の国の伝統文化を大事にしている。日本人はどうも、その辺りがおかしくなってしまってますねえ。
[小渕]
よく、日本人は経済的に豊かになったけど、心が貧しいと言われますね。
[麻生]
まあ、人間、物質的な豊かさを享受すると、どういうわけか「思いやりの精神」とか、「奉仕の精神」とか「伝統の尊重」などといった、従来の価値観を失ってしまう。とくに、今日の日本人にその傾向があるように思うねえ。
[小渕]
麻生先生は、朝日新聞の『私の視点』(平成14年11月17日朝刊)の教育基本法に関する記事の中で、「日本入は戦後、家族や躾など守るべき大事なものを捨て去ってきたのではないか」と書かれていましたね。吉田茂元総理を祖父に持ち、また麻生セメントのご長男ですから、小さいころから家庭の躾はとても厳しかったのでしょう。先生の妹の信子さまは、三笠宮寛仁親王殿下のもとに妃殿下として上がられていますし、本当にやんごとなきお家柄ですから..。
祖母に育てられた幼年時代
[麻生]
そんなことはないよ。目の前の僕を見りゃよく分かるでしょう(笑い)。ただ、両親は吉田茂のそばにぴったりくっついていたから、二人はほとんど東京暮らし。親父も、そのころ国会議員で吉田茂の側近だったし、おふくろもファースト・レディーのような立場だったから、しょっちゅう一緒に外国へ出かけて行っていた。だから、僕は小学校の三年まで福岡にいて、麻生の婆さんに育てられたんだ、当時、東京−九州間は、汽車で三十六時間くらいかかった。それも満員列車ですよ。だから二人ともめったに帰ってこない。忘れたころ、親父が帰ってくる日になると、「きょうは、お父さまとのご面会日ですよ」とか言われて、まるで、他人様の連れ子みたいな生活を長いことさせられてましたねえ(笑い)。
[小渕]
その間、ずーっとお婆さまに…。
[麻生]
そう。育ててくれたのは親父のおふくろ。やかましい婆さんだったから、箸の上げ下ろしに始まって、行儀や目上の人に対する言葉遣いなど、かなり厳しく言われたな。そのおかげで、何とか人様の前で見苦しくない程度に食事かできるようになった。和服も婆さんがたたんでるのを見ていて、遊び半分真似しているうちにパタパタとたためるようになりました。だけど、爺さんの吉田茂は全くうるさくなかったな。教訓らしきものを聞いたのは、小学校の終わりか中学生になったばかりのころ、たった一度だけだった。
「男は決して人の前で泣くものではない。泣くのは感激したときだけにしろ」と。まあ、今もその教えだけは守っているけど、婆さんの話のほうは、ほとんど忘れてしまった(笑い)。
[小渕]
小学校の途中から東京のご両親のところへ行ったのですか?
[麻生]
小学校三年のときに上京し、親元から学習院の初等科に通うことになった。
[小渕]
お婆さまは厳しい方のようですが、ご両親も躾は厳しかったのでしょうか。
[麻生]
おふくろは子どもにモノを買い与えることに厳しかった。当時は皮のランドセルが珍しいころで、編入したときは、クラスで一人か二人しか持っていなかった。だけど、初等科を卒業するころには全員が皮のランドセルをしょっていたのに、僕だけが卒業するまで布製のものを持たされた。まだ使えるのに、新しい皮のランドセルを買うのは贅沢というんだ。靴も、少し穴があいたくらいでは、新しいものは買ってもらえなかったな。
その上、わが家の食事は麦飯だった。あのころは世間もそうだったが、「人様の家に呼ばれたときにどんなものを出されても、おいしいと感謝する気持ちを持たせるには普段贅沢させることはよくない」というのが、おふくろの方針だったね。迷惑な話なんだが、確かによその家に行って白い飯をだされたときは実に旨かったねえ(笑い)。
[小渕]
私、国会議員になってすぐに党の「文部科学部会」に所属したんですが、この間、教育基本法改正を考える委員会に出席した時、麻生先生が何も見ないで教育勅語を一気にダーッとおっしゃった。あの時、私もそうですが、皆びっくりしていました。
[麻生]
僕くらいの年代から上の人なら、だいたい覚えていると思うよ。明治時代に、日本でも成文憲法をつくらねばいかんというので、国憲起草の勅令というのが明治天皇から出て、それを受けて伊藤博文公たちがヨーロッパに行って、いろいろ勉強して帰ってきて上申したんです。「日本では成文憲法はできない。なぜなら、日本にはヨーロッパのようにキリスト教の道徳的支えがないから」と。それを聞いて、五ヵ条の御誓文を書いた由利公正という人が、「そんなことはない、日本にはキリスト教に代わる皇室があるではないか」と言って、明治天皇の名で国民道徳の根源、国民教育の基本理念を明示した教育勅語ができるわけ。これが明治憲法を支える道徳律となってずっと続いてきたんだが、大東亜戦争に負けると「教育の淵源を皇祖皇宗の遺訓に求める教育勅語はよろしくない」ということになった。それに代わるものとして教育基本法ができた。昭和二十二年に占領軍総司令部のもとでつくられたんです。
教育基本法の改正が必要
[小渕]
先頃、中教審(中央教育審議会)が、教育基本法の見直しの方向をまとめた中間報告を発表しています。そこでは「郷土や国を愛する心」や「公共の精神」といった基本理念が盛り込まれていますが、日本人の気質なのでしょうか。すごく変化を恐がるというのか、まだまだ反発する人が多いですね。
[麻生]
憲法もそうだけど、一度できると絶対変えちゃいかん不磨の大典のごとく言うけど、憲法だって戦後、一回も変えていないのはヴァチカン市国と日本ぐらいのもので、それ以外の国はほとんどみんな変えている。何回も何十回も変えている国もある。
もちろん、いまの教育基本法に書いてあることは間違いではない。「人格の形成」「個人の尊厳」など、どれも大事なことだが、日本人の教育は何を目指すのか、どういう日本人をつくろうとしているのか、そういった目的が全く感じられませんねえ。
[小渕]
最近は何かとグローバル化、グローバル化と言って、日本人なのに自分の国や日本人であることを誇りに思う人が少なくなっているような気がします。外国の留学生は、自分の国のことになると嬉々として自慢しますね。今度の中間報告は「愛国心」を「国を愛する心」と言っていますが、ある程度は進歩したように思いますが…。
[麻生]
いや、まだまだ。冷戦構造が終わった1990年頃からグローバリズムが流行しだしたが、それに対してリージョナリズム(地域主義)も出てきた。その背景には民族、宗教、伝統があり、その単位は国家なんです。地球規模の温暖化の問題にしたって、CO2(二酸化炭素)削減の割り当ては国単位になっているでしょう。それなのに、いつの間にか「世界は一つ、何とかはみな兄弟」なんて、どこかで聞いたようなことを、言っているけど、なかなかそういうわけにはいきません。
僕は教育基本法には「国」という概念をもっと明確に打ち出す必要があると確信しています。朝日新聞にも、はっきり書いたが、「国を愛する心」なんていう言葉遊びをせずに、「愛国心」を持つということの大切さをはっきり示すべきだと、折りあるごとに言っているんです。
[小渕]
教育基本法の中身を見ると、世界、人類、平和、民主主義とか、人格、個人というような価値はとても強調されています。でも、国家、家庭とか歴史、伝統、文化とかいうものがどこにも書かれていませんね。「伝統文化の尊重」という文言を入れるのは、とてもいいことだと思います。
[麻生]
いいこと言うじゃない。いまの教育基本法には「公」と「私」との境をどうするかといったこともはっきり出ていない。「民主的文化国家」とか「世界と人類の福祉」などというものは掲げられている。これ自体は決して悪いものではないが、どこの国にも当てはまるような基本法で、「日本」というものが完全に欠落している。まあ、言ってみれば蒸留水のようなもんだから、もっと日本の水の味がするものに変えなけりゃねえ。
[小渕]
教育基本法というと、子どもたちのためのものと思われているようですが、国民全体がしっかり考えなくてはならない大事な問題だと思うんです。
[麻生]
教育基本法を見ていると、どう考えても小中学生を対象にしていますよ。教育基本法を子どもの話としてではなく、社会全体の話としてとらえないといけません。教育の荒廃が叫ばれて久しいけど、もとを正せば教育基本法に問題があるような気がしますねえ。教育問題は基本法改正だけで解決する問題ではないけど、教育は五十年かかって悪くなってしまった。
それなら、五十年かけて直すくらいの心構えで取り組まなければいけないし、いま、その作業の出発点である教育基本法の改正がどうしても必要になります。大東亜戦争といっても、もう分からない若い人たちが増えているようだけど、戦後五十年以上たって世紀も変わったのだから、いま落ちついて基本法をきちんとまとめ上げなけりゃねえ。憲法問題は、ようやく国会に調査会ができて動きだしていますが、これまでのように不磨の大典のごとく触らないでいては前進はしません。われわれが直面しているのは、半世紀単位の大事業なんですよ。
お嫁さんにするなら酒の飲める人
[小渕]
もっと、いろいろ教育問題についてお聞きしたいんですが、いま問題となっている核家族、高齢化社会について、麻生先生の見解をお伺したいんですが..。
[麻生]
これ対談でしょう。何だか、インタビューされているみたいだな。そういえば、小渕さんはテレビ局に勤めていたんじゃないの?
[小渕]
はい。TBSに。私、本当は制作のほうに入りたかったんですが、営業に行かされてしまったんです。お酒が飲めて、ちょっとゴルフができるというので営業に回されたみたいです。
[麻生]
分かる、わかる。僕も昔、会社の経営者をやっていたから。
[小渕]
営業部には80人くらいいたんですが、女性がたった3人。私は8年ぶりの女性新入社員だと言うんです。で、私、片っ端から男性社員をつぶしていったんです。
[麻生]
仕事で?
[小渕]
違うんです(笑い)。お酒で。だいぶ前の話ですけど、男性とお酒を飲んでいて、いつも最後に送っていくのは私のほうなんですよ。あら、何でこんな話になっちゃったのかしら(笑い)。)
[麻生]
まあ、まあ、新年号の対談なんだから、酒の話くらいしたっていいでしょうが。僕は遅くまで結婚しなかったけど、正確にはできなかったんだけど、「嫁をもらうなら酒の飲める人をもらいなさい」というのが、おふくろの絶対条件だった。こっちも、できれば酒屋の娘がいい。きっと旨い酒飲んでいるだろうからと、酒屋の娘二人と見合いしたこともあるんですが、結局酒屋じゃなくて魚屋の娘(鈴木善幸元総理・元農林水産大臣の三女、全漁連会長)と結婚することになってしまった(笑い)。
[小渕]
奥様、お強いのでしょう。お魚の好きな方は、お酒もお好きですものね。
[麻生]
間違いなく妻のほうが僕より強いよ(笑い)。
三世代同居で暮らす子供はしっかりと育つ
[小渕]
お正月は、お酒を飲みながら一家だんらんという家庭が多いと思いますが、昔のように二世帯住宅、三世帯住宅というのは少なくなりましたね。群馬のほうにはまだありますが、両親だけでなく、お爺さんやお婆さんたちと一緒に住んでいる子どもは、ずいぶんと柔軟に育つというか、そういうところがあるような気がしますが..。
[麻生]
それは間違いない。幼稚園で「はい、みんなで歩きましょう」と言って歩かせてみると、よく分かる。前の子にぶつかって歩く子や、ずーと間隔を開けて平気で歩いている子は、みんな核家族育ち。いつも自分の母親のスピードでしか歩いたことがないから、間が開いちゃったり、ぶつかったりするわけ。ところが、二世帯、三世帯で一緒に暮らしているところの子どもは、お爺ちゃん、お婆ちゃん、大お爺ちゃん、大お婆ちゃんのスピードにも合わせられる。だから、他人のスピードに合わせて歩けるわけよ。とにかく、お年寄りと一緒に暮らすというのは、とってもいいことですよ。
食事のとき、勝手に座ったりしたら、「そこは、お婆ちゃんの席でしょう」とか叱ることができる。それが、躾につながる。
[小渕]
私も小さいころよく言われた経験があります。
[麻生]
食事中に、ぺちゃぺちゃうるさいときには、「そんなにしゃべっていると、お母さんの声がお婆ちゃんに聞こえないでしょう」とか言って、婆さん、爺さんのせいにして子どもを躾けることができる。それから、母親は、たいがい姑などには敬語を使う。だから、言葉は最低二つ覚えますよ。普通の言葉と敬語。それだけでもたいしたもんだ。
[小渕]
いまの女子中学生や女子高校生は、「おい、お前よう」などと、男の言葉を使っている(笑い)。
[麻生]
最近は、男が女を連れて歩いているのだか、女が男を連れて歩いているのか、さっぱり分からないようなのが増えてきた。たとえば、僕が小渕優子という美人を連れて歩いていたとする。そんなとき、何となく危なっかしいのに絡まれたら、一応、あなたを背中にしてかばう格好くらいはしないと具合が悪いよ。いまは、大きなSPさんがついていてくれるから、絡まれる心配はないけど(笑い)。
[小渕]
そうですよね。私もかばっていただきたい。だけど、絡まれて格好よく助けてくれるような男性はいるのかしら。そんなとき、私のほうがほとんど男性をかばう格好になってしまう(笑い)。
[麻生]
そのようにして着物を着ていると、一応しとやかに見えるけどね。僕ら古い人間は、いつでも男が女をかばうものだと思っている。うちには息子がいるが、高校生になった時、「お前、女の子を連れて歩いていたとき、変なのに絡まれたら身体を張って守れよ」と厳命しました。「お金もあげます。彼女もあげます」と平謝りしたあげく、彼女を放り出して逃げてくるようでは具合が悪い。
イギリスの貴族の息子は、皆、それなりの武道を身につけている。うちの息子は腕っぷしは強くはなさそうだが、一応、女性をかばうふりくらいはするとは思っているんだけど、親の見てないところでは、どうしているやら(笑い)。
いまの日本の教育は、「平和の反対は戦争、戦争の反対は平和」と教えているが、そんな教え方をしている国は他にはありません。少なくとも「平和の反対は無秩序」と教えていると思ってますねえ。外交の延長線上としての戦争はありえると、ヨーロッパの人は誰でもが思っています。それが国際的には常識なんです。早い話が、話し合いがつかなかったら、殴り合いもあり得るということを認めている部分は、外国には皆あるということですよ。
[小渕]
国際情勢は、日本が考えているほど甘くないということですね。
大国に依存しても自主性は保てる
[麻生]
そう、日本の政治家も国民も甘すぎる。1919年(大正8年)6月のヴェルサイユ条約。第一次世界大戦の戦後処理のため連合軍側とドイツとの間に調印された講和条約なんだが、そのときタレーラというフランスの外務大臣がいろいろやる。「会議は踊る」という例の話だけど、条約に「国際紛糾解決の手段としての戦争は、これを永久に放棄し」という文言が出てくる。どこかで見た文章だと思うでしょう。それを丸写ししたのが日本国憲法の前文なんですよ。まあ、条約にわざわざ書くということは、皆が守らないから書く(笑い)。
[小渕]
国際紛争解決を解決するためには、戦争は常にありえるということですか。
[麻生]
僕はそう思う。実際にそうなっている。もちろん、できる限り戦争は避けるべきだが、平和のために戦う、平和を守るために戦うことを一切認めないのは間違っています。僕は、基本的にはそう思ってます。外交だって、もっと国益を考えた戦略的な外交をやって行く必要があるんです。これまで日本には、国益のためというピシッとした座標軸がなかったと思います。
さっき、グローバル化の話が出たが、でかい国が自分の都合のいいようにするのがグローバリズムだと言っても良いのじゃないんですか。大国というのは、自分に都合の良い世界の枠組みをつくれる力がある国。小国は、その大国が決めたルールの中を、どうやって縫ってうまいことやるか、大国と小国の違いはそこだと思いますよ。
[小渕]
日米安全保障の枠組みはしっかり守っていかなきゃならないのでしょう。
[麻生]
日米安保は大切だけど、いくら大国に依存していたって、やることをやっておけば「これはこれ」とスパッと言えるようになる。湾岸戦争の時、日本は1兆5千億円も払わせられたあげく感謝もされなかった。だが、今度のアフガニスタンの件、アメリカとアルカイダとの対決の時の日本の対応は、国際社会から評価されています。
[小渕]
テロ対策特別措置法ができたので、自衛隊が動けて国際貢献ができたからですね。
[麻生]
そう、一緒に危険を負担してくれるかどうかが、国際社会の判断基準になります。そこをジーッと見ているわけです。
カナダは日本以上にアメリカに頼っているけど、だからといって相手の言うことを「ごもっともです」とすべて聞いているだけじゃない。だめなものはだめだと、はっきりしている。アメリカの言うことをきかないことも多い。それはカナダが世界最大のPKO(国連平和維持活動)の貢献国で、多くの犠牲者も出しているからで、国際社会も感謝しているし一目置く。だから、アメリカもカナダを尊重することになる。外交戦略上では、大国に依存していたって自主性は保てる。テロ特措法を早々と通し、インド洋に自衛艦を出したのは小泉政権の大きな成果ですよ。
国民に夢をもってもらえるように
[小渕]
麻生先生は政調会長という立場から、デフレ対策に力を入れていらっしゃる。そのあたりのお話を..。
[麻生]
デフレも高齢化も日本は最先端をいってます。戦後はじめてのデフレ下の不況なんだから大変なんです。構造改革で無駄を省くことは大切ですが、とりあえず日本の経済に活力をもたらすために、税制も含めて総合的に景気刺激策をやる必要があります。政治家は、暗いことばかりを言っていてはだめ。国民に夢を持って貰えるようにしないと、経済にも活力が生まれない。
小渕元総理が決断した、あの評判が悪かった公共投資という名の財政出動を覚えているでしょう。140兆円くらい注ぎ込んだが、もし、あれをやっていなかったら日本は大恐慌になっていたかもしれない。あと十年くらいしたら、「あの政策はただしかった」評価されると思うな。
[小渕]
本当ですか。そう言っていただければ、大変嬉しく思います。私も一生懸命政策の勉強をしているつもりですが、よろしくご指導下さい(笑い)。
[麻生]
ついこの間まで、「日本よデフレを何とかしろ」と、さんざん文句を言っていたアメリカやドイツも、近頃は言わなくなっている。向こうもデフレに突っ込んでいるからなんです。アメリカはバンバン金利を下げています。2001年だけで11回。効果は上がらず、去年11月にもう一回金利を下げてますね。
国民と一緒に政治を進めて行く
[小渕]
新年号の企画なんですから、何かパーッと明るい話をお願いします。
[麻生]
小渕さんは明るいよ。性格なのかな。一緒にこうして話しているだけで、こっちも気持ちが明るくなる(笑い)。早稲田大学の雄弁会(弁論部)の出身議員ですが、ああ、小渕元総理もそうでしたね。その先生は「ワタスは、東北のケネデイだす」とかいって、県会から国政の場に出て来られたんですが、昔、こんな話をしてくれた。「票になる演説というのはな、笑いとペイソスが要るんだ」。確かに僕の演説聞いたって哀愁なんて感じてくれる人なんて一人もいない。小渕優子も僕もぺーソスがないな。
[小渕]
ちょっと待ってください。かってに先生と一緒にしないでください(笑い)。
[麻生]
僕は結婚して、ひと月半たったら落選。11月2日に結婚して、12月の18日には無職になってしまった。なのに、身内以外は皆ゲラゲラ笑っている。「お前が来ると葬式も結婚式になっちゃう」と言うんだ。まあ、次の選挙も、「ペイソス」のある演説はできなかったけど、どうにか当選はさせていただきましたが…。
[小渕]
約束の時間も迫ってきましたので、最後にもう一つ明るいお話をぜひ..。
[麻生]
そうだな。いま、無職の話をしたけど、日本人は定年退職になると暗い顔になり、仕事探しに一生懸命になる。ところが、ヨーロッパやアメリカの人は定年退職というと「出所祝い」のように大喜びする。シャンパンをバンバン抜いたり、大きな宴をはってドンチャン騒ぎで祝福する連中が多いんだ。
[小渕]
日本では花束をいただいて、一人さびしく去っていく。人きな違いですね。
[麻生]
たぶん、宗教のせいだと思う。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の教典は『旧約聖書』でしょう。その中に、例のアダムとイブが出てくるんですが、旧約聖書によると、神との契約を破ったアダムに対し、「神が与えたもうた罰」が労働なんです。だから、ワーク・イズ・ザ・パニッシュメント。
ところが、わがほうは天照大神が登場してきて、「神はいかにしておわすぞと天の岩戸を開けたまひ、高天原を眺むれば、神々は野に出て働いていた」と、日本では神々も働くわけ。神々が行っているのだから、労働は善行。神々ですら働く国だから、年をとっても一生懸命働こうということになる。アメリカやヨーロッパは正反対だけど、これは宗教感の違いかもしれない。
[小渕]
アフリカのある国では平均年齢が三十何歳というところがあるそうですが、日本人には、六十五歳を過ぎても元気で働きがたっている人が大勢います。でも、働く場所がない…。
[麻生]
まずは、このデフレ不況を克服して景気を回復しないといけないが、高齢者には8時間びっしり働いてもらわなくてもいい。ワークシェアリングで4時間働いてもらうが、その代わり給料は三分の一ですよと。それでも働きたいという人はたくさんいる。
実はいま、65歳以上の人は約2370万人いるが、そのうち要介護老人はたったの13%しかいない。あとの87%は、周りが迷惑するくらい元気なお年寄りが多い。永田町だけに限らないんです(笑い)。
彼らの働く場所をつくることは大事だが、日本人の多くのお年寄りは我々が考えているよりお金持ちなんです。個人金融資産1400兆円のうちの半分、正確には 53%と言われてますが、それは高齢者が持っている。個人が株を買いやすくなるように証券税制の改正もやってますので、預金の一部で株式やモノ、サービスを買っていただくように企業も、もっと努力しなければいけない。とにかく、この巨大な預金が動かないとデフレ・スパイラルは止まらないですねえ。
[小渕]
高齢者がお元気なことはいいことだと思います。景気回復は最優先課題でしょうが、皆、ちょっとマイナス志向になりすぎているような気もします。私がこんなことをいうと、「まだ、君は何も知らないから」と言われてしまいますが、政治には大いに夢を持って取り組んでいきたいと思います。
[麻生]
そう、その通り。あなたのような若い政治家には、柔軟な発想で夢のある政策をどんどん提言してほしいな。
[小渕]
自民党はこれからの国民の“夢”をできるだけ政策に反映し、実現するために政務調査会に「夢実現21世紀会議」を設置しています。麻生政調会長が議長を務められていますが、私はそこの「自然にふれあう夢実現検討委員会」の委員長をやらせていただいています。
[麻生]
秋のキャンペーンで全国から募集した「みんなの夢」、ずいぶんたくさんの応募がありましたね。大賞16編が決まったけれど、ほかにも夢のある提言がいろいろありました。自民党は国民と一緒に政治を進めていきたいと思っているので、小渕先生にもよろしくお顧いします。群馬は農業に従事している人が多いが、あなたは農業問題にとくに力を入れているそうですが頑張って下さい。
農村の振興は環境保全につながる
[小渕]
WTO(世界貿易機関)は、グローバリゼーションの名の下、国際化を推し進めていますが、日本の農業は食料を提供するだけでなく、大気の浄化、気候の緩和といった国土・環境を保全する役割や、洪水の防止、水資源の涵養、土壌浸食の防止など数々の多面的機能を持っています。こうした農業の多面的機能を人工的な設備に置き換えて計算したら、それこそ何十兆円という莫大な金額になるはずです。農業は単に経済の効率性の面からだけで考えるわけにはいかない性格のものだと思うんです。麻生政調会長には、農業が持続的に発展できるように、その基盤となる農村の振興にもこれからお力をお貸し下さい。
[麻生]
何だか陳情されているような気になってきたな(笑い)。確かにグローバリゼーションというのは、ともすれば強者の理論が罷り通ることになってしまう。強者の理論で利益を得る人たちと、失う人たちの力関係を十分に考えなければなりません。その国にはその国にあったやり方があり、日本としては断固、守らなければならない構造や伝統もある。構造改革と日本経済を考える時には、どれを守り、どれを革新するか。保守するには革新しなくてはいけないこともあるだろうが、政治家はとくにそれを見抜く目を持たなくてはいかんと思いますね。
[小渕]
これから、私もいろいろ勉強していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。きようは、お忙しいところを本当にありがとうございました。